| 第2章 技術とは何か
私はこの違いに気がつくまでに研究を始めてから3年を要しました。 しかし、これが解けてからは多くのものが解明できるようになりました。 余りに単純ですが大事な部分です。
2−1 技術の定義 技術とは武技としての道具であるが、技術という熟語は「技」と「術」からなっています。 技+術=技術であり形だけを技術とは言いません。
技の定義:形の有るもの Form 例:柔道 背負投げ、体落し :空手 正拳突き
術の定義:形の無いもの knack:コツ 例:呼吸、力抜き、気など 柔道原理:自然体の理、柔の理、崩しの理 一般的(現代武道)には形(Form)を数多く練習してコツを体得(自得)しますが、 古流ではコツでさえ師が教えることができるものなのです。
長く存在する流派では代々天才が生まれるわけではなく、後継者の育成が最大のテーマだったはずです。 どんなに強くても一代限りで終わってしまったものも多いでしょう。 古流では技術も秘密だったかもしれませんが、教育システムも秘密だったのだと思います。
空手の例で言えば型の用法についても隠されていますので、ある意味では術とも呼べるかもしれません。 沖縄では「型は教えても手は教えるな」と言われていたそうですから。
Q:凱さん 「技」と「術」・・・何と!今まで「技術」と言う言葉を、そんな風に分けて考えた事なんて有りませんでした。 技術は技術として一括りにしていました・・・。 なるほど・・今の型とその用法に限って言えば「仏作って魂入れず・・」なんですね。
Q:ソカシさん 技と術・・・この意識だけで指導の仕方が変わってしまう様な・・・ 今まで漠然と教えていたものが整理をつけながら指導出来る気が・・ 自分には無理ですが(;;)形だけ教わって型に疑問を持った時、 (これ使えるんかな?)コツを教えて頂いただけで使える(技になる) ・・・うまく言えませんが。スミマセン!!!
Q:鷹ノ巣さん 物凄くドキドキしてきました。 私も大学生を指導していた時期があり、指導の難しさは痛感しております。 指導するということは被指導者の認識にどこまで切り込んでいけるか =自分のだした指示に対してどういった像を描いているか相手の立場に降りていく →そこから自分の描く像に近づけるように引き上げるという様な構造があると思います。 これが中々難しくて同じ指示を出しても相手の脳細胞の実力によって描いてくれる像が違います。 極端な例ですと「荒れ狂う波が岸壁に押し寄せるような攻め」と言えば 間近で荒れ狂う波を見たことがある人間、 実際に海に浸かって波しぶきを浴びた人間、 映画のオープニングの波しか見たことがない人間、 インターネットの写真でしか見たことがない人間ではまったく描ける像が違うと思います。 特に写真でしか見たことがないレベルの人間 (実際に見たことがないというよりもその程度の像しか描けない人間)を教えるのは至難の技で 結局自分は技を見せて真似しろとなっていました。 自分を含めて最近の子はビジュアルで育った世代でその場で見せて貰えないことには像を描き難いです。 結局彼ら(自分も含みます^^)を伸ばすには練習しながら像を描ける力を伸ばすしかないと思います。 その為には自身が論理能力=対象の構造に分け入る能力を磨かなければ ・・・でもどうすればいいのだろう?と思ってました。 もし対象の実力に関係なく(もしくは引き上げながら)強くできる教育システムがあったとしたら・・・。 凄いことですぅぅぅぅぅ!!!楽しみにしています。 もしかしたら桧垣源之助様の仰っている術とはまったく関係ない事を話していたかもしれません。 だったらすみません!!!
押忍
Q:代表 私を含めて、空手稽古者(に限らず運動家全般?)って、 結構理論的に考えないよう習慣付けられてないでしょうか? 日本では未だに少年スポーツでも根性論が幅を利かしています。 また、そうやって数量の稽古で自得されるものは確かにあり、 何か先輩や先生に質問しても、 まともな回答が帰ってこないという環境で育ち、 理論でなく感性で稽古に向かうよう習慣付けられ、 ある意味「勝ち抜いて/生き残ってきた」という満足感もあります。 しかし、裏を返せば本当は稽古を続けたくても、 目的のわからない、先の見えない稽古が嫌で止めていった人や、 体力(年齢)的に数量の稽古について行けなかった人など。。。 自分が残ったからといって、 残りたいのに残れなかった人達を忘れてはならないと思います。 今回頂いている上達論では、「本来はそういうものではないのだ!!」 ということが徐々に明らかにされつつあるように感じます。 また、勿論数量の稽古の必然性はあるにせよ、自分の経験上、 数年以上の継続はテンションが落ちる一方です。 で、必ずしも汗の量=実力でないことの証明はそこら中にありますね? ですから残った側の人間にとっても、今の実力が半量の稽古でできたとしたら、 倍の稽古をつむことが(勿論遊ぶことも)可能だったことになります。 感性の重要性は勿論ですが、<技術>を理論的に分析されただけで、 目からうろこですよね。考える事の重要性と、 稽古は苦しけりゃいいってもんじゃねぇぇぇぇぇぇえッ!! とも思います。
Q:tamaさん 代表様 確かにあの想像を絶する稽古が展開する中、有望な道場生が つぶれていったのを私自身、数多く見ています。 でも「戦い」という殺伐とした言葉の中に身を置くのであれば 気持ちを「鍛える」と言う面だけを見れば不可欠なのかと思ったりします。 (そんな事を偉そうに言っている自分は、とどめをさせない軟な男ですが)
空手を生涯武道として捉えれば、技術の体系化は空手の市民権を 考える上でも重要ですね。 でも先日、ある方(仕事の関係です)との懇談の中、「君は技能と技術の違いがわかるかね」 と振られました。そして続けて「心だよ」と結ばれました。
今の世の中、マニュアル化が進みそれなりに苦労せずに物を修得できます。 でも苦労しないから、自分で物を掘り下げない。自分の色が出ない。 職人が出にくい時代になってきています。 また、時代が職人を必要としていないかも知れません。 でも人生にロマンを感じるのは・・・・・・・・。 私は、技能=職人=アナログの世界にいまだ魅力を感じています。
でも初心者に正しい技術の伝承は必須だと思います。 下手な寄り道しなくてすみますもん。
まとまりの無い文章で失礼しましたぁぁぁぁぁあああ!!!!
A:講師 >鷹ノ巣様 やっぱりそうでしたか。 私も南郷継正先生の著書に啓発されて、この武道技術上達論を研究し始めました。 弁証法は難解でしたが、本が擦り切れるほど共同研究者である友人と読みました。(もちろん稽古も) 武道に弁証法を取り入れた功績は大きいと思います。 玄和会の実技は見たことがありませんのでコメントはできませんが、弁証法は私の基礎研究の支えになっています。
>凱様 >「技」と「術」・・・何と!今まで「技術」と言う言葉を、そんな風に分けて考えた事なんて有りませんでした。 技術は技術として一括りにしていました・・・。 ここからが本当の出発です。後ほど実技を公開してこのことを証明しますので、 ちょっぴりだけ期待していてください。(~o~)/ ちょっとだけよ〜ん。
>なるほど・・今の型とその用法に限って言えば「仏作って魂入れず・・」なんですね。 そうです。「型は教えても手は教えるな」とはよく言ったものだと思いました。 しかし、凱様いつもながら鋭いレスありがとうございます。。
>鷹ノ巣様 2回目 >もしかしたら桧垣源之助様の仰っている術とはまったく関係ない事を話していたかもしれません。 いえいえ、まったくその通りなんです。「術」にはビジュアルも含まれています。 いい線いってます。さすが玄和会!
>代表様 「理論と感性」については両方が必要なのです。 特に感性とか感覚は、術の修得に必要です。しかし、全体像を示し段階的に教える中で必要なのだと思います。 本当に武道(武術)が必要な人は弱者なのです。 弱い人を強くしてこそ技術や教育システムが真価を発揮するのだと思います。
>tama様 >空手を生涯武道として捉えれば、技術の体系化は空手の市民権を考える上でも重要ですね。 空手だけでなく技術立国として、あらゆる面で必要だと思っています。 (ちょっとオーバーか・・・)
>ソカシ様
>形だけ教わって型に疑問を持った時、(これ使えるんかな?) >コツを教えて頂いただけで使える(技になる)
正しくそれが本来の空手だと思っています。
I:二足の草鞋さん >本当に武道(武術)が必要な人は弱者なのです。 弱い人を強くしてこそ技術や教育システムが真価を発揮するのだと思います。 この言葉に感激いたしました!!本当にその通りですよね。 この「武道上達論」をまとめようと思われた桧垣様の優しさに触れさせていただいたように思います。
I:鷹ノ巣さん ・・・やっぱり、・・・弁証法・・学ばなければ・・ダメなんですね? 難しい〜。イヤダァァァァァ!!! なんていってられないですね。頑張って少しづつでも挑戦します^^ もし弁証法を自分の技とすることが出来れば・・・仕事にも生かせる筈ですし。
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2−2 基礎と基本の違い
日常生活では基礎と基本を同義語として使っていると思いますが、な、な、なんとこれが違うのです。 共同研究者の友人とある日議論をしていたら、どうも言っている意味がお互いに通じないなぁと思って 私 「お前の言っている基礎ってなんだぁ?」 友人「俺の言っている基本って〜」 私 「えっ、基礎じゃないの」 友人「基礎と基本はどう違うんだ」 私 「言葉が違うから違うかも・・・」 っというような会話の後、延々と続き同道めぐりになり、お互いが疲れきってしまったので 友人「もう、この武道の話題は止めて別の話題にしようよ」ということで 私 「それじゃ数学の基礎や基本ではどうなんだぁ」(やっぱ同じ話題に・・・)
数学といって思い出したのはこの公式でした。(これしか覚えていなかったぁあああ!) (a+b)²=a²+2ab+b² 公式とは何だ => 公式とは最も効率の良い解決方法である。 それでは、「その公式の目的とは何だ」=> ?????? という感じで議論を続けましたが、ひょんなことから解けてしまいました。 それではここで問題です。 この(a+b)²=a²+2ab+b²という公式は中学2年(だっけ?)で習いますが、この公式の目的は何でしょう。
Q:ソカシさん うぎゃぁぁぁぁああッ!!! 数学赤点のまま卒業した私・・・合掌
スミマセン!!! 押忍
I:講師 今回は売れ行きが悪い予感・・・
Q:代表 これは定義が違うから議論が成立しなかったのですよね。 基礎と基本は違うものである・・・ そしてこれはそもそも武道技術上達論であると・・・ 技術では技が仏で術が魂でした・・・ 公式は最良の解決方法・・・ 上達論における公式・・・ それではこの公式の目的は!? ・・・うぎゃぁぁぁぁああッ!! だ・誰か・あ・後を頼みます(ガクッ)
Q:のぶさん >>公式とは何だ => 公式とは最も効率の良い解決方法である。
押忍!僭越ながら・・・ 公式とは最も効率のよい解決方法というよりもただ『一般化』しただけのものだと思うのですが。 上記の文の意図が違うのであれば、僕の言っている事は意味が無い事になりますが。^^;
>それではここで問題です。 >この(a+b)²=a²+2ab+b²という公式は中学2年(だっけ?)で習いますが、こ>の公式の目的は何でしょう。
えぇーと。 多分ですが、A^2
というある膨大な(若しくは確定が難しい)数字をA=a+bと“分解”して、 理解しやすい状態にする為のものだと思いますがどうでしょう?
空手に例えたら、「相手を倒す(A^2)」を分解して「相手に突きを入れる(a)」「相手に蹴りを入れる(b)」とした上で、 それを2乗する=『(a+b)^2』=「いっぱい突きを入れる(a^2)」+『突きと蹴りを2回ずつ入れる』(2ab) +『蹴りを一杯入れる(b^2)』となるのではないでしょうか?
全然的外れだったらすみません。
桧垣源之助様の意図を推測しますと、
「基礎」「基本」というa、bの大事な(そして別々の)要素を使って A(ラージエー)という『空手の真理』を求める・・・ということなのか?と思いました。
Q:鷹ノ巣さん 公式の目的・・・。う〜む、難しいですね。「無駄な計算の重複を省くためのもの」・・・でしょうか?
でも基礎と基本に関係してくるのですよね。もうわっかりましぇ〜ん^^ 解答を楽しみに待つことにします。
自分のイメージだと空手の「基礎」=歩いたり、走ったり、重いものを持ったりする 人間の日常動作一般に関する体力(イメージは泥水を這う両生類)+グッと踏ん張れる土台の力強さ、 転んでも怪我しない骨の強さ、縦横無尽に動ける関節の強さ、 スピード感を持った動きで先端に力を集められる神経の力等の 空手に使われる特殊な体力(イメージは野山を駆け巡る哺乳類)を合わせた総合体力で、 「基本」=空手の技その物の中でもっとも応用範囲の広いものを集めたものと考えています。 でもここはいったん頭を真っ白にして桧垣源之助様の御講義を拝聴したいと思います。
Q:凱さん >(a+b)²=a²+2ab+b² 久々に見る公式に、今回はROMを決め込もうと思いましたが、一所懸命頭を振って考えてみました。
「基礎と基本」の違いがメインテーマなので、それに絞って考えますと・・・ (a+b)²が「基本」、a²+2ab+b²が「基礎」 そして「基本」は「基礎」の積み重なった・合わさった・練り込まれたもので、 「基礎」は「基本」を強固にする為の、文字通り「礎」になる部分。
例えば数字の「3」が基本ならば、「1+2」「0+3」「4−1」等が その基本を導き出す為の「基礎」と言えるのかな?・・と思ってみたりもしました。
これを空手に当て嵌めてみると・・ 「基礎」=手拳足の形の作り方と鍛錬、姿勢や体力や呼吸等・・ 「基本」=手技、足技個々の動かし方、運足(重心移動・姿勢保持)、力の強弱・技の緩急 辺り・・・でしょうか?
何にしても鷹の巣様の仰る様に、ここは「コップの水」を一度少なくして、新たに汲んで行こうと思います!
Q:ソカシさん 脳の容量が少ないのでフリーズしそうです♪自分なりにサバキに 当てはめて考えてみました。基礎(構え、間合い)=基本(突き、蹴り、崩し、ステップワーク) んでもって・・・公式は・・解りません!!!マジで数学は・・オオーッポン♪あっ、エラー 起こした!!ん?今度はフリーズしたぁぁぁ!
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2−2 基礎と基本の違い 続き1
A:講師 皆さん、いろいろ頭をひねっていただいて恐縮です。 まぁ、こんなBBS他にはないですよね。(^o^) 皆さん空手だといい線いっていますが、数学は×ψ▲♀Ω∵◇§♂ってな感じです。
公式の目的:下記の図の面積を出すための公式です。(ちょっと図が変ですが・・・)
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← a →
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← b →
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↑
a
↓
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@
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A
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↑
b
↓
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B
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C
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@の面積a×a、Aの面積a×b、Bの面積a×b、Cの面積b×b これはa²+2ab+b²です。もう一つの方法は(a+b)(a+b)=(a+b)²です。 面積を出すだけであれば小学校4年生のレベルです。
公式から図をイメージするのは難しいということです。 その反対に図を示してしまうと、だれでも下記のどれかの表現の式を書くことができます。 a×a+a×b+a×b+b×b a²+2ab+b² (a+b)(a+b) (a+b)²
私達が数学の時間に習ったときにこの図はありませんでした。 この図さえあれば簡単に理解することができたはずです。(赤点取らないですんだはず!!) 図を示さないで(a+b)²=a²+2ab+b²を暗記する時間と、 図を示して公式を理解させる時間はどちらが短時間ですむでしょうか。 図を示して公式を理解させる方が短時間で理解でき、ビジュアルで覚えてしまうので忘れることはありません。 忘れてしまっても上記のどれかの式を自分で再現できるはずです。
図というのは視覚(感覚)です。公式というのは論理です。 論理から感覚を導き出すのは難しいですが、感覚から論理を導き出すのは簡単です。 同じことを表現しているのですが順番があるということです。
図(感覚)を基礎とすると、公式(論理)は基本となります。 これは前項で説明した術と技ともオーバーラップします。 術は無形、技は有形、基礎は感覚(無形)、基本は論理(有形)ですので、 言い換えると基礎は術、基本は技となります。 ということは、どちらを先に教えるべきなのかおのずと答えがでてきます。
I:ソカシさん イメージ出来ないまま型、移動稽古(基本)をしても難しいって事ですね? コツ、用法(基礎)から入るべきなんですね!確かに基本(公式)を見せて 頂いても?????でしたが基礎(図、コツ)を見せて頂いたら解ります○ 型で?が少しのアドバイスで氷解する様な・・・さっきの書き込みは×です ぅぅぅ!もっと頭を柔軟にしないと!スミマセン
I:代表 そうかぁ〜・・・ 確かに柔軟な思考が必要ですね^^; 武道技術上達論を最初から読み返して 復習してきます。
I:凱さん あちゃぁー玉砕・・・。 まさか「図」が出てくるとは・・・きっと僕(等?)の「思考パターン」って、 今回の様にまず理屈から考えてしまう、理屈で考えてしまう癖が付いてしまっているのでしょうか?
感覚ですね!感覚!!「見て覚えて、やって感じる!」・・(~ヘ~;)ウーン
I:のぶさん 図がでてくるとは。 なるほど・・・ 平面にまで思考が行っていませんでしたね。^^
やっぱこの講義は面白いです。
A:講師 別に数学の例題はどうでもいいのです。説明をするときの例えですから・・・ それよりも、基礎と基本の違いを認識しておいてください。 ここが解らないと次へいくことができません。
私は、技と術を分けたとたん技術の理解が深まりました。 同じく、基礎と基本を分けたことにより上達の過程を理解することができました。 少なくとも、これに到達するまでに3年の月日をかけました。 この数学の例が解けたのは、大学4年の終わり頃でした。すぐさま中学の数学の先生の ところへ行って、この例題を先生にやってもらいました。 数学の先生も回答することができませんでしたので、シュンとならないでも大丈夫だと 思います。
I:凱さん >基礎と基本の違いを認識しておいてください。 ここが解らないと次へいくことができません。
押忍!承知いたしました!ありがとうございます・・数学の先生もですか!!(*^-^)
I:鷹ノ巣さん なるほど!! 術が先なのですね。考えてみると、一つの技を修行して(若しくは上手い人の技をみて) 「あぁ、こういう力の入れ方をすれば良いのか」と掴んだ感覚は練習した以外の (見た技以外の技)でも直に転化しやすいですね。
ますます楽しみになって来ました♪
I:講師 月間空手道5月号で興味深い記事をみつけました。 本部朝基語録のなかで、
受け手がすぐ攻め手に変化しなければならない。 一方の手で受け、他方の手で攻めるというのは真の武術ではない。 さらに進めば、受けと攻めが同時に行われるのが本当の武術である。
真の唐手に対しては、連続突きなど出来ない。それは真の唐手で受けられたら 相手の次の手は出ないからである。
という記述がありました。 むー、やっぱり・・・ネ(^^
I:代表 五月号は私も買っていました。 本部朝基語録も読んだ・・・はずだったのですが、 その時点で全くぴんと来ていませんでした^^; こうやって上段揚げ受けを一例に教えていただいた後で読み返してみると、 なんと生き生きと語りかけている文書でしょうか!! 『昔の人は凄いな〜』とか『昔はそうだったのか〜』 というような固定観念で、考えずに読み流してしまうことで、 みすみす『鍵』を見落としてしまうのですね・・・
I:tamaさん 代表様 桧垣様 GWなれど今年はカレンダーどおり。 だが会社を休める楽しみは、朝の散歩に つながっているのでした。 この板のおかげで散歩が充実していますぅ。
26日は故大山館長の命日でした。 もう8年前なのですね。 「君たち、もっと移動稽古をしなきゃだめ じゃないのよぉ」 「約束組手を沢山しなさい!!!!!!」 と口をすっぱくしておっしゃっていたのが 今になってわかってきました。 オーーーーーーーシ!
実験報告 今日のぶさんご一家と稽古しました。 子供達の<空手になっていること>が素晴らしかったです^^ 礼儀正しいし、組手でも受けもカウンターも意識している! サイの振り方を一回見ただけで正しい持ち方を理解しているし・・・ 末が楽しみです^^
のぶさんと組んで上段揚げ受けの約束組手<T・U>もやりました。 まさに驚き・・・突きが強ければ強いほど・・・ <受け>は強い必要は全く無く、<きちんと型どおりに> そのまま踏み込むだけで、突き側が自滅していく格好ですね。 おそるべき威力にやっていて呆然としました。 (実験報告はリンク先で続行します)
2−2 基礎と基本の違い 続き2
英語の場合 数学の次は語学をサンプルとして基礎、基本の関係を見ていきましょう。 英語(語学)の要素を分解してみると以下の4つに分かれます。
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−
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聞く
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−
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input −
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英語 −|
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読む
書く
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output −
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−
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話す
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このうち、「聞く」と「話す」は感覚(基礎)です。「読む」と「話す」は論理(基本)です。
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2−3 感覚から論理へ 例題をみてわかることは、基礎と基本とは別に存在するということと、 効率的に学習効果をあげるためには、基礎(感覚)から基本(論理)へというように順番があるということです。
ただし、中にはこの反対が出来てしまう人がいるのです。天才という人達なのです。 彼らは、私達のように出来ないというレベルが理解できないのです。 その理解できない人たちが作った教科書では、落ちこぼれがでてあたりまえだと思います。 この方法が解っていれば、日本の学校教育ももっと違ったカリキュラムができたのではないでしょうか。
I:代表 >桧垣源之助先生 この間の数学でさんざん悩んだせい?か、 だいぶスムーズに理解できるようになってきたような気がします。 感覚(基礎)から論理(基本)への展開は、 英語であれば、まず言葉として使えるようにするための ベストの上達法ということですね。 そういえば、英語の授業が、文法主体となり、 文法の授業しかなくなるにつれて嫌で仕方なくなって行ったような記憶が・・・ これは別の問題だったかもしれませんが^^
I:凱さん 以前こちらのBBSで紹介していただいた「身体感覚を取り戻す (NHKブックス;斉藤孝著)」を読んだのですが、 結構参考になる内容が網羅されていましたので、 極々一部分ですが紹介いたします(これ著作権って大丈夫です・・よ・・ね?)
>型は無意識と意識の境を往復するものである。 通常は無意識に行ってしまっている行為に対して、 型を導入する事によって行為が意識的なものになる。 通常は無意識に行ってしまっている効率の良くない動きを一旦意識化し修正する、 そして型を通して合理的な動きが習慣化される事で、 その動きは無意識の領域に帰って行く・・。(幸田露伴編)
>型と技の本質は「限定する事」にある。 不自由な非生産的なイメージで捉えられやすいが、 限定する事によって生み出される力と言うものがある・・。 型は非常に高いレベル達した者のパフォーマンスを凝縮したものである。 重要な基本が凝縮されたものなので、反復練習する事で自然と基本が身に付く。 型が持つ豊かな意味を例え知らなくても、 身体の中に習慣として身に付けられた動きの持つ意味を、 後に発見する事もよくある。(ゲーテ編)
>技のコツと呼ばれる次元に関しては、学ぶ側が盗む事が求められる。 見て技を真似盗む事は、技の修得において基本とされてきたやり方である。 〜まねる事はできても、盗む事はある程度のレベルになった者がする行為であって、 技を盗む事は上達に関しての方法的な意識を基礎にしている。
・・等々いろいろ為になる事がありすぎて、ここでは到底説明しきれませんが、 南郷継正氏の弁証法についての解説も載っていて 「w( ̄△ ̄;)wおおっ!なんとタイムリーな!!」と思いながら読んでます。
Q:二足の草鞋さん >桧垣先生 桧垣先生の上達論で授業を行えば、きっと代表様のみならず ほとんどの者が嫌いだった「文法」も、なるほどと思う授業ができると思います。 国語に関してですが、学生時代、嫌いだった文法を、自分が教えるようになった時、 はっとあることに気付いてから、面白くなりました。 その一つは、文法用語の成り立ちを考えることでした。 例えば、動詞の活用に「未然形」というのがありますが、 この「未然形」という語の意味は「いまだしからざる形 (まだその出来事が起こっていないということを表す形)」という意味です。 そして実際の文を調べてみると、「雨降らず」とか「明日雨降らむ(降るだろう)」とか、 「未然形」は現在起こっていないことを表す文になっているということを実感しました。 そういうことに気付くようになって、昔の文法学者は、 なんて素晴らしい用語を作り出したのだろうと、思うと同時に、 自分もその文法用語が作り出される瞬間に立ち会ったような気がしました。 この場合の、文法用語の意味や、その用語の実際の使われ方や、 その用語を作り出した文法学者に対する感動が「基礎」であり、 その文法用語が「基本」ではないかと思います。 私は、「基礎」と「基本」を以上のように理解しましたが、このとらえ方でよいでしょうか?
I:のぶさん >二足の草鞋様 文法・・・僕の最も苦手なものです。 未然・連用・終止・連体・仮定・命令・・・むがぁ〜〜〜っ! 特に古典の、助動詞の活用なんて見ているだけで泣けてきます。 文系教科の中で古典だけはどうしても苦手なんですよね。 ず・ず・ず・ぬ・ね。とか必死で覚えた気がします。 でも二足の草鞋様の仰る例で「おぉーー!」と思いました。 ありがとうございました!
Q:のぶさん input
と output・・・
「受動」と「能動」とも取れますよね。「読む・聞く」と「話す・書く」は・・・。 それって、後々「防御」「攻撃」とも関係してくるのでしょうか?
A:講師 代表様 また、図がくずれてしまいました。(ToT これが理解できれば、その次のステップへいけますネ(^^ 第二章はちょっと抽象的でしたが、 上段揚受けの実技も代表とのぶさんで実証されましたし、 皆さんの理解も大分深まったと思いますので、 第三章の上達論に進みたいと思います。
凱様 次に予定している上達論と非常に関係のある内容ですね。 私もその本を読みたいです。
二足の草鞋様 私は国語の文法に関しては門外漢ですのでコメントできませんが、 それぞれの分野の専門家が私の技術上達論のようなやり方でその構造を分析し、 並べ替えて教えることができれば、非常に効果の有る教育ができると思います。
ちな様 長距離運転ご苦労様でした。(^^
のぶ様 上段受けのやられ役ご苦労様でした。 スパーの動画も拝見させていただきました。 あの上段受けの後のスパーなのは充分伝わってきます。 >それって、後々「防御」「攻撃」とも関係してくるのでしょうか? 関係すると思います。
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