投稿の二十三
「それ、もしかして空手?
季節外れの台風と集中豪雨に見舞われた今年、何気なく職場の窓から晴れ上がった空を見ると、ふと「あの時の」青空を思い出します。世の中が戦争、デフレ、異常気象と激変していく中、10年一昔と言いますけど、変わりゆくのは積み重なる自分の年齢と人の営みだけで、この空の青さだけは20数年前に松山でみた「あの時の」青さと変わっていませんし、また、変わってほしくないものです・・・と言う事で、昭和50年代中期以降に何回か出かけた我がA原会館松山総本部での合宿についてのアレコレを、つれづれなるままに何回かに分けて書いてみたいと思います。
なお、例によって例のごとく部分的に時間的差異や設定状況など記憶違いが若干あるかもしれませんので、その時は「事実と違うぢゃんかよう」などとツッコマずに、アル中である筆者を逆に哀れむくらいの寛大な目でいただきたいと思います。
夏合宿の思ひ出その1「嗚呼、憧れのN宮J光先輩」
合宿における最大の楽しみは何といっても第10回全日本大会優勝者であり米国本部長(当時)でもあった憧れのN宮J光先輩に会える事でした。
これをきっと世間では洗脳と言うのでしょうか? それとも生まれたばかりのヒナ鳥の「摺りこみ(=インプリンティング)」と表現した方がわかりやすいかもしれません。N宮先輩が優勝した大会のビデオをテープが擦り切れるほど無数に観ており、完全にその虜になっていた当時の自分にとってN宮先輩は、ある意味、すでに伝説上の人物と化していたO山総裁やA原先生とは別の意味で目の前にいる現実的なヒーローだったのです。また、その組手スタイルは、後の自分に多大な影響を与えました・・が・・やはり実力のない人間は無理に背伸びをしてはいけません。自分の場合、大方の予想通りマネはカッコだけに終わり、逆に先輩や後輩からものの見事にボコラレっぱなし(-_-;)でした。
A原先生とは年に3回の審査会で会えますが、N宮先輩は年に1回、しかも合宿に参加すると言うコチラからの能動的な姿勢がないと会えませんので、今思えば大変申し訳ない事に合宿中、A原先生は私の眼中に全く無く、ひたすらN宮先輩にばかり視線が集中していました。
そのN宮先輩、普段はかなり無口な方で、自分から口を開くような性格ではなかったと記憶しています。が、普通の人ならなんでもない動作でさえも妙にカッコイイ、サマになってる・・とでもいいましょうか、例えば稽古後、取れたてのトマトを無表情にガブリと食べるその姿に「キャ〜カッコイイ」。さりげなく歩く姿に「キャ〜ステキィ〜」・・・。とにかく一挙手一挙動にいちいち「キャ〜」、「キャ〜」・・・と過剰なまでに反応し、憧れと尊敬のマナコで見つめておりました。今、冷静になって思い出してみると、その時の自分の目つきは、ナイスバディのセクシー女子高生をしつこくつけまわす悪質な変質者かストーカーのそれ以上だったと思います(否、そのハズです。(キッパリ))。
いっしょにツーショットの写真をとらせていただいた時なんか、緊張と憧れが混じり完全に自分を見失った結果、あろうことかミョ〜になれなれしくなり「あ、すみません・・いっしょに構えてもらえませんか?」とか「今度はこのポーズでおねがいします・・」と、安っぽいB級ポルノ映画監督が駆け出しの新人女優に指図するかのごとく、あれやこれやとこの偉大なる大先輩に注文をつけたもんです。当時、たかが茶帯の高校生の分際で・・^^;・・(冷汗。これが逆の立場で自分がそうされたのであれば、本人の為を思い、心を鬼にして「お手柔らかに」礼儀をタタキこんであげるのですが、この大先輩、やはり無口ながら言われるがままにポーズをとってくれました。イヤハヤ、人間ができていると言うか人物がデカイと言うか・・。
しかし、この偉大な大先輩にも唯一弱点がありました。それはなんと「アルコール」。 今はどうか知りませんが、当時のN宮先輩はオサケが全くと言ってよい程飲めなかったようです。会員同士の懇親を深めるのが目的のひとつである夏合宿の最終日の前の日の夜、全員による親睦会が行われます。自分は覚えてもらう為に、スキをみてN宮先輩に近づいてはお酌をしにいきました。・・そう、それはまるで、つぶれる寸前の零細企業者が大会社から注文をとる為に命がけでその社長にコビをうるように・・・。すべての面において自分より勝ってる相手において、例え百万分の一でも自分が有利な面を見つけると狂喜するのはいつの世でも下衆の悲しい佐賀・・いやいや性・・・である証拠のようなモノ。当時からもうすでにアル中の片鱗を見せていた私は高校生の分際ですでにビールをムギ茶のようにガブ飲みしていたので、コップ半分程のビールで顔が真っ赤になり、なんとなく苦しそうなこの大先輩の姿を目の当たりにした時、それまでの畏敬の念がたちまち横柄な態度に変わり「おぉ、今なら組手を挑んだなら、一発くらいイイのを入れられるかもしれない・・」などと今思えばとんでもない事を考えていました。
・・・そのN宮先輩、今は自分達と袂を分かち、E会館館長として活躍されてますが、自分的には今でも心の師として尊敬しています。私の部屋には今でも「あの日」に書いてもらったセピア色に変色したサイン色紙と昨年、「格闘Kマガジン」愛読者プレゼントで当選したN宮先輩直筆(毛筆)で「捌一筋」と書かれた色紙、そしてそのツーショットでの写真が飾ってあります。(以下続く・・) 2003/08/14:どらごんまさひこさん |